ポーランドの姉より。~Drogie Siostry~ 歴史。

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2012-06-17

ポーランド進出ならず! ・・・しかし。

ぽっつーん。
マウイゴオッド
ポーランド負けちゃいましたね!残念!

本日はポーランド×チェコ戦と同時刻にロシア×ギリシャ戦がありまして、
姉は何と非国民なんでしょう、ワルシャワスタジアムにてロシア×ギリシャ戦を見てました。

徒歩でヴィスワ川に架かる橋を渡るとスタジアムが見えてきます。
ワルシャワ スタジアム
辺りはロシアファンとなぜかポーランドファンで一杯!和気藹々としてました。

さて、いくらお祭好きといえども、どっちを応援していいか迷うロシア×ギリシャ戦。
だってギリシャは破産寸前でヨーロッパの負け犬だし、
ロシアは日本人としてやはり、ちょっと、うん、いや・・・ 北方領土とか・・・ゴニョゴニョ・・・

そんなんで、無難(?)にポーランドサポートとして参加しました。
欧州選手権
こんなイデタチ。子供たちを2匹を頭上に従えて怖いものなし。

初めてサッカー試合を生で見ました。
ポーランド スタジアム
サッカーのフィールドって目が覚めるような美しい青なんですね。

今回の欧州選手権に向けて急ピッチで進められたスタジアムの建設。
一部メディアでは間に合わないだの、欠陥工事だの言われておりましたが、
実際行ってみての感想としては、設備も整っており、綺麗でした。
5万5千人という観衆を迎えての観客整備も見事なもので、気持ち良かったです。

試合前のマスゲーム的な催し物が面白かった。
ギリシャ ロシア
ロシアとギリシャ模様でした。

そしていよいよ選手入場!
ギリシャ ロシア戦
起立して両国歌にしばし聞き入り敬意を払う。

我々はロシア側の席にいたんですが、ほぼ全スタジアムがロシア色で埋まっておりました。
ギリシャ サポーター
ギリシャサポーターは青い集団のごく一部。でも盛り上げてたぞ。

ロシアサポーターも負けてはない。正直、怖ろしい一体感でした。
ロシア サポート
そして、すぐ脱ぐ。

選手同士が頭ゴチンして倒れたり、負傷して担架で運びだされたり。
負傷者担架
壮絶を極めた戦いが繰り広げられた結果・・・

何と大多数の予想を裏切る形で、ギリシャがロシアに一点勝ち!
前半ハーフタイム寸前に思わぬゴールが決まり、後半戦は徹底したディフェンスで
ロシアに隙を見せなかったギリシャ。最後は怒涛の攻めに遭うものの、勝ち逃げました。

少ないギリシャファンが沸き立った瞬間。
ギリシャ 勝利
微笑ましかったです。よくやった!

一方、目の前のロシアサポーター側は・・・
火炎瓶
爆竹と照明弾の嵐。怖い!!警備員が倍増されて警戒体制に入ってました。

同じくチェコ戦を追っていた友達からメッセージがあり、ポーランド敗退の知らせを受けまして、
何とも悲しい気持ちになりましたが、一緒にいたポーランド人の反応はズバリこれ!

ロシアも負けたし!まーいっか! ・・・これです。

Aグループ、進出したのは予想外のチェコとギリシャ。
ポーランドは宿敵ロシアと共に落ちたことがせめてもの救いでした。歴史的怨念は深い!

スクリーンに映し出されたスタジアムの外装。
ワルシャワ スタジアム
音楽に合わせて外壁の照明が動く仕組みになっているんです。

これで共同開催地であるウクライナとポーランドがグループ戦落ちしましたが、
まだまだUEFA欧州選手権は続きます。個人的にはドイツを押したいところ。

何より感慨深いのは、ポーランドがこのように国際的な一大イベントを開催するに至り、
些細なケンカ事のようなものもありつつも、無事に切り盛りしているということ。

89年に社会主義体制から脱した一貧民国であったポーランドが、ここまで急成長を遂げ、
各都市にスタジアムを建設させ、警備を整え、高速道路を開通させるなど
今回のイベントを通して果たした業績は、欧州選手権が終わって初めて
その恩恵を被るに至ると信じております。

だからこそ、ポーランドは既に大勝利を収めたと、そう思うワケです。

姉。

行け!ポーランド!戦いはまだまだこれからだ!

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2012-03-11

ポーランドから東日本大震災を振り返る。

世界が変わってしまったあの日から一年。
みんな同じようにあの金曜日の朝を向かえたはずなのに、
2万人近くもの人々が瞬時にしていなくなってしまうことが未だに信じられません。

亡くなられた方々に謹んで哀悼の意を表すと共に、
被災された方々に一日でも早く平穏が戻るようお祈り申し上げます。

今日はポーランドでも追悼コンサートやイベントが行われました。
昨年はMilion Żurawi(万羽鶴プロジェクト)と称した文化イベント
チャリティコンサート、生徒も参加した折り鶴リレーなどのお手伝いをさせて頂きましたが、
募金活動に協力してくれたポーランド国内最大級のNGO団体、
Polska Akcja Humanitarna(ポーランド人道アクション)を通して
寄付された義援金についての報告がありました。

義援金の一部で気仙沼市にある「葦の芽星谷幼稚園」の遊戯室ホールが
立て直されたことと、次は「葦の芽幼稚園」の本館に着手したとのこと。

幼稚園にはその証となるプレートが取り付けられました。
ポーランド 気仙沼
葦の芽幼稚園ホームページ(1月21日付)より。

愛する人、家、暮らしを失った人々に想いを馳せ、難題を抱えた国を想うと同時に、
日本を按じてくれた多くのポーランドの方々に一日本人として深く感謝いたします。

姉。

PAH公式サイトにも載ってます。

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2010-12-05

ポーランド軍と共に戦ったクマさんのお話。

エディンバラからいらした日ポカップルとのオフ会を回想していたら思い出しました!
Kojisatoさんの旦那さんはパンダっぽいことからブログ上でPa-pandaという名前で
登場しているんですが、エディンバラにはもう一匹、ポー熊がいたんです。

それでは、紙芝居のはじまりはじまりー!(どどーん、どんどんどん)

それは戦時中のこと。
イランにいたポーランド軍のもとへ一匹のクマさんがやってきました。

ヴォイテク 熊
(画像元はPetStreet

果物やジャム、甘いハチミツやシロップが大好きだった赤ちゃん熊は、
Wojtek(ヴォイテク)という名前を与えられ、すくすくと育ちました。

Wojtek the bear
(画像元はウィキペディア

シリア、パレスチナ、エジプト、イタリア。
ヴォイテクはポー兵士の行くところならどこへでもついて行きます。
兵隊さんに可愛がられて育ったクマさんは、誰が教えたんでしょう、
ビールやタバコを好んで呑み、敬礼もできる立派な一兵士になりました。

ポーランド軍と熊
運転もするぜー。 (画像元

ここまで育ててくれた兵隊さんへのお礼の気持ちとして何かしなければ。
「鶴の恩返し」ならぬ「熊の恩返し」を思いついたかどうかはわかりませんが、
ヴォイテクは弾薬の運び役をかってでることにしました。 

ポーランド 熊
いろいろ運ぶぜー。 (画像元

戦う兵隊さんのためにせっせと弾丸箱を運ぶヴォイテク。
働き者のヴォイテクはポーランド陸軍に正式に徴兵されることになりました。
Polish Bear
そしてなんと中隊の紋章にまでなりました。

戦争が終わり、ポーランド軍はスコットランドへ行くことになりました。
そこでヴォイテクはエディンバラ動物園に入り、のんびりと余生を過ごすことになりました。
やがて祖国へ帰ってしまった兵隊さんたちですが、
ポーランドから遊びにきてくれることもあり、
その時は決まって大好物だったタバコをくれたそうです。

ヴォイテクは22歳で大往生を遂げたとさ。おしまいおしまい。

この嘘のような本当の話。
チャールズ皇太子が博物館を訪れた際には「ヴォイテクの話はよく知っているから、
説明しなくてもいいよ」とガイドに仰ったくらい有名なクマさんなんですね。
大きな熊と一緒に移動しちゃうポーランド軍も微笑ましいですが、
それを見かけた敵の部隊は度肝を抜かれたんだろうなぁ。

姉。

貴重な映像が残ってます。兵士とプロレスごっこをするヴォイテク。

Gigazineにも特集があります。

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2010-07-07

ポーランド大統領選挙結果。

投票結果はコモロフスキー氏に決定したようです。

ポーランド大統領専用機の墜落事故から約2ヶ月半後、
亡くなったカチンスキー大統領の双子の兄が出馬表明したことで、
政治情勢がどのように変わるか注目された今回の選挙。

感情論に訴える形で選挙活動をしていた兄のカチンスキーでしたが、
接戦の末、ライバルのコモロフスキーが勝利する結果となりました。

今月号の政論雑誌Polityka(ポリティカ)の表紙。
コモロフスキー
特別号はコモロフスキーが表紙になったり・・・

カチンスキー
角度によってはカチンスキーになったりする特別仕様!

閣僚もコモロフスキー派が大多数も占める今、
大統領がコモロフスキー本人になることで、少しは政治情勢が安定する見通しのようです。

姉。

明日からセーリングに行ってきます!

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2010-07-04

時の流れ、政治と人。

今回、田舎に帰省したのは、しばし休息する以外に
ポー母の定年祝いという理由がありました。
「定年」とはいっても、医者として働いてきたポー母は一線を退くのみで仕事は続ける模様。
フランスでインターンをしていたポー妹も帰国し、
久しぶりに家族全員が揃い、お祝いしました。

近年は改善されてきたものの、共産主義時代から働いてきた医者の給与は
欧米に見るような立派なものではなく、実に貧しい医療システムの中でやってきた母。
今まで聞くことがなかった苦労話や面白い患者さんのお話が聞けました。
政治が安定し、ポーランドの医療状況が改善されることを願わずにはいられませんでした。

そしてもう一つ、ポー母が実家の整理をしていた時に出てきた写真を見せてもらいました。
ポーランド 先祖
あまり写真を撮ることもなかったであろう当時を物語る貴重な写真。

そこに写っていたのは、ポー旦那の母方の先祖の姿。1930年代のものです。
ポーランド 家族
真ん中がポー母の母、つまり旦那の祖母です。そして両脇には祖母の祖父母。
つまりなんだ・・・ ひいひいばあちゃんとひいひいじいちゃん!ひー!

なんだかとても感慨深かったです。
古い言い方をすれば、ポーランドに嫁いできた身の自分。
この写真に写っている方々の子孫と結婚してしまい、仲間入りしちゃったワケです。
歴史の教科書に出てきそうな古いヨーロッパ人の写真が
急に他人事のようには思えなくなった瞬間。不思議です。

ポー旦那も見たことのなかった写真には、
戦後シベリアに抑留された方、カチンの森事件で亡くなられた方、
また戦前のアメリカへ大量に流れ出たいった移民の一人として祖国を離れていった人など、
そこにはポーランドの歴史に翻弄された方々がいて、
大きな流れの中で移り行く家族の物語がありました。

多かれ少なかれ、政治にまつわり、国を取り巻く状況が
個人の人生を左右するのが見てとれるのが歴史というもの。

今日はポーランド、大事な大統領選があります。
ポーランドの歴史がまた一ページ書き足される日です。

姉。

結果は後ほど。

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ワルシャワに越して6年目。
日本に残した妹2人を想いながら嫁ぎ先での暮らしぶりを綴る。

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